リセット整体への経緯 その1
1、疑問
私は元々、クイックマッサージと呼ばれる分野のお店で働いていました。全身の筋肉をもみほぐして、コリや疲れをとることがメインのお店です。いうなれば、治療的なアプローチではなく、癒しのサービス業ですね。
確かにほぐせば、筋肉はやわらかくなり、痛みやしびれ、むくみなどにも効果があります。ただし何日かすると、また元の状態に戻ってしまいます。
「私のやっていることは、無意味なんじゃないだろうか・・・」いつもこの疑問が、頭の中にありました。
2、「正しさ」を求めて
私自身も肩こり・腰痛もちなので、勉強もかねて、いろいろな治療を受けました。整体、カイロプラクティック、オステオパシー、鍼、灸、リフレクソロジーなどなど。いわゆる「有名な」先生にもしていただきました。
それぞれ手段や理論の違いはあれ、体が楽になることが多かったです。中には、ビックリするくらい即効性のあるものもありました。けれどやはり、何日かすれば、元に戻ってしまいます。
それぞれの治療家の方に、「よくなりますか?」とたずねると、ほぼ全員の方が、「回数を重ねると、効果が高まりますよ」と言われます。
それはその通りなんでしょうが、どうも誤魔化されているような、正直スッキリしない気持ちがありました。
3、さらに「正しさ」を求めて
どこに行っても納得することができず、専門書に「正しさ」を求める日々。そこから得たものは、いまのところ大多数が賛成できる「正しさ」は存在しないこと。同じカテゴリー(例えばカイロプラクティックなど)の治療法でも、考え方が全く異なるものもあること。それぞれが「科学的」と自称するも、実際にはその「科学」と考えているものが、かなり根拠があいまいなこと。簡単に言ってしまえば、「現実として効果があることもあるが、なぜ効いたのかよくわからない」というのが真実です。
それぞれの方が、それぞれの経験を元にして、理論を生み出します。つまり、独自の「理論」はあとづけにすぎず、あくまで「仮説」です。よって、すべての人が納得できる理論は存在しません。
ここで言う経験はかなり感覚的なものであり、言葉や数字にあらわせないものだからです。経験則がよくないわけではないですが、やはり、単なる個人的な意見に思えます。
4、施術の対象を変える
これまで専門学校で教えられたことが基本となり、施術対象は「筋肉」や「関節」だと思い込んでいました。実際、多くの手技療法もこのどちらかをメインに施術しています。私も何の疑問もなく、筋肉をほぐしたり、関節の動きを良くしたりすることが重要だと信じていました。けれど現実には、いくら筋肉をやわらかくしても、またすぐに戻ってしまいますし、関節の動きが良くなっても、痛みは消えないという状態でした。
たまたま手にした専門書に、私の固定概念はあっけなく崩されました。それは、施術対象を「筋肉」ではなく「筋膜」にすること。厳密に言えば、筋膜などの膠原線維集合体を対象にする方法論です。
解剖学の知識として、筋膜の存在は知っていましたが、たいていの場合、「筋・筋膜」のようにひとつのものとして扱われていました。ただ、これらの組織の機能は、だいぶ異なり、痛みを感じるのは筋肉ではなく、それをつつんでいる筋膜だと、この本により学びました。
この方法論は、私の現場での経験をふまえても、一番納得できるものでした。このことで、ずっと疑問に思っていたことに対する、解決の糸口が見えました。原因のハッキリしない慢性的なコリに対するアプローチの仕方。それが「こりぐせ」の解除、つまり「からだのリセット」です。
「こりぐせ」をリセットしていくと、即効性は低いのですが、確実に体質が変化していくことが実感でき、この方向性が「正しい」のではないか、と思うようになりました。
5、また壁にぶつかる
けれど、現実はそう簡単ではありません。からだの質が改善されても、痛みが繰り返してしまうケースが、かなりありました。
「状態は良くなっているのに、なぜ痛みは繰り返しあらわれるのか・・・」また、壁にぶつかってしまいました。
正直、「痛み」をあつかうのは、むずかしい。なぜなら、それは本人にしか、わからないものだから。どれだけ、お話をうかがっても、本音を言えば、わからない。あくまで想像するしかできない。けれど。その「痛み」をどうにかしてほしいから、お店に来るわけで、この問題から逃げ出すわけにもいきません。
6、ふと気づく
どうしたらいいのか。自分にあつかえる範囲の問題ではないのか。ずっと出口が見えず、悶々としていました。とりあえず「正しい」と思える「こりぐせ」のリセットを繰り返す日々でした。
そんな中、ふとこの問題に対する解決の糸口が見つかりました。それは、いたって当たり前のこと。誰もが理解できること。誰にでも経験のあること。つまり、ごくごく「フツー」のことなのではないか、と。
この病院でも特に異常のない、慢性的なからだの痛みに対して、何か原因があるのではないか、と探す方向性がそもそも間違いなのではないか。この繰り返される「痛み」を特殊な症状としてとらえるのではなく、ただの「生理現象」のひとつに過ぎないのではないか、と。
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